私の愛しいアップルパイへ
今日は私の大好きな本を紹介しようと思います。
それがこちら、エルンスト・トッホの「旋律学」です。
お気に入りだけあって何度も読み返したので、画像の通りもうボロボロです。
中身は題名から想像できると思いますが、「美しい旋律はいかにして美しいのか」を、既存の楽曲の分析をベースに探検的手法でもって分析しています。
1922年に執筆されたちょっと古い本ですが、ページ数が少ないながらも作曲にすぐ使えるアイデアが豊富に詰め込まれていて素晴らしいです。
今回はその中でも特にオススメの部分、音高線による旋律の分類についてご紹介しましょう。
◇旋律の研究は遅れている
さて、私がなぜこの本が好きなのか簡単に説明しておきましょう。
この本の前書きにも書かれているのですが、音楽理論の中でも、旋律を重ね合わせる「対位法」や、楽音を同時に鳴らす「和声学」などと比べて旋律に関する研究は大きく遅れていると思います。
そんな中、本書は“旋律”の分析に取り組んだ数少ない書籍です。
中身は著者であるエルンスト・トッホによる探検的なアプローチ、つまり、実地からの教授と既存の楽曲の分析から成り立っていて、全てを網羅的に説明できている訳ではありません。
しかし、この遅れた分野の考察に光明を投げ掛ける物としては十分に価値のある書籍ですし、なんと言っても刺激的です。
また、多数の楽曲の引用が大変参考になり、その楽曲に向けて書かれた著者のユーモラスな比喩が素晴らしいです。
一応私のお気に入りの比喩を紹介しておきましょう。
これはあたかも最後の力を振り絞ってもがいているような具合に、他の声部から離れようと身悶えして、あの致命傷を負った小鳥が、断末魔の力をふり絞って逃げ去ろうと努力するように、パタパタと高く飛び上るのであるが、とうとう最後のEs durの二小節で、全く力尽きて崩打れてしまうのである。
これは例えてみれば、あの美食家といわれているような人が、良い酒を極めてゆっくりと、しかもほんのチョッピリを口にして、呑み込んでしまう前に舌の上で味わっている、といった具合である。
あたかも天がひとりでに開いて、自らの荘麗さと神の御恵みとを告げ知らせる使者をこの世に送ったかのように、独奏ヴァイオリンの妙なる楽の音は、静かに、しかも壮大に、一歩一歩と光輝く天界から人間界の谷の中に歩み降って来る。
◇旋律を音高線で4つに分類する
本題に入る前にまずは用語を説明させて下さい。
◇用語
・旋律 … ここで言う旋律とは、単一声部の楽音が連続的に響く事であって、同時に音が響く和声とは明確に区別されています
・音高線 … 旋律がその音の高さの繋がりで形作る線の事です。五線譜に描かれた音符を線で結んでいくイメージです
・律動 … 旋律に与えられたリズムです
お待たせしました。ここからが本題です。
本書では旋律をいくつかの観点から分類していますが、今回はその中でも”音高線”の観点から書かれた部分を整理します。
ここでは旋律の音高線を以下4つの型に分類しています。
1.水平線
2.斜線
3.狭義の波状線
4.広義の波状線
一つ一つ見ていきましょう。
◇水平線
最も単純な形の音高線です。一つの音をひたすら繰り返すだけなので、効果は見込み辛いです。
音高線に変化が無い為、必然的に和声と律動の工夫が必要となります。しかしインスピレーション次第では十分興味深い効果を出せます。
例えばベートーヴェンの葬送行進曲ではミ♭の音を三十四回も効果的に繰り返しています。
◇斜線
一つの傾斜角を持って上向きか下向きかに向かう直線です。興味深いのは注意すべきポイントとして挙げられている以下の三点です。
①絶対に主音で始まっても、また終わってもいけない
②主音と属音は必ずしも強拍の上にある必要は無い
③音階を完成させる様に旋律を続ける
ショパンやシェーンベルク、ヨハン・シュトラウスなど多数の例が引用されていますが、総じて言えるのは律動の工夫が大事という事です。
◇狭義の波状線
なるべく小さく静かに波打つ水面の様に、一定の幅で音高線が上下する線です。
代表的な例としてベートーヴェンのワルトシュタイン・ソナタなどが挙げられています。
歌いやすい為、数多くの民謡や教会の歌、コラールに多く見出されるらしいです。
◇広義の波状線
こっちの波状線が特に重要で、とても研究価値が高い形状です。その形は徐々に高まる波の様な線です。
特に最も高い波の先端を“頂点”と呼び、旋律学上の最も重要な音として説明されています。
著者の経験から挙げられている3つの興味深いポイントが示されています。
①頂点はただ一回のみ作られる
②一つの頂点に到達した後にもう一度上昇する場合、頂点に近づくことを避けるか、あるいは超えてしまう事
③頂点は旋律の終り近くに、つまり旋律が終わる1/3か1/4あたりになって初めて出す事
この頂点の取り扱いについて、グスターフ・フライタークの戯曲の手法を引用した以下の箇所も参考になります。
戯曲の色々な高まり(葛藤の発展ならびに切迫)を継続的に頂点(いわゆる大詰)にまで昇って行く線で現し、そしてこの点から線を急激に落下させている。
頂点に達したとき、われわれは最早いらない言葉は一語も費やすべきではない。言われるべき事がすでに言われたならば、もうそれで結末にすべきなのである。
◇音高線を意識してみよう
単に即興的に鼻歌から旋律を作るのも良いですが、たまには自らの旋律に対して分析的に眺めてみると面白い結果が見られます。
もしくは、お気に入りの楽曲をいくつか集めて、旋律が持つ音高線について注目すると新しい発見があるかもしれません。
私は無意識のうちにやっていたであろう頂点とフライタークの三角形の話に目から鱗が出ました。
この本では音高線に関する考察以外にも、旋律を律動の観点で捉えてみたり、和声学的見地から捉えてみたりなど、大変参考になる考え方が多いです。
旋律作りに煮詰まったら一度この本を手に取ってみる事をオススメします。
貴下の従順なる下僕 松崎より
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▼ご参考------------------------------------------
旋律学 (1953年) エルンスト・トッホ 武川 寛海 音楽之友社 1953-04-25by G-Tools |
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