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jMatsuzakiとは誰か?

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私の愛しいアップルパイへ

私があなたのことを「アップルパイ」と呼ぶのはこれで何回目でしょうか。1回目でしょうか。100回目でしょうか。

いえ、そんなことはさして重要ではありません。いずれにしても、あなたには私のことをもっと深く知って欲しいと思っていたところです。

我が愛すべき日常と夢

システム系の専門学校を卒業してから6年半、「システム屋」として会社に勤めていました。金融系のインフラ系システムエンジニアとして生きてきたこの細く緩やかな生活の中心には、私自身をいつでもビフテキに出来るほどの情熱のマグマがありました。“夢”というやつです。

私の”夢”、私の”魂”そのもの、それは「音楽家」として”音楽なるものを少しでもマシにすること”です。24時間の全てを”音楽なるもの”に捧げることです。この世で唯一の神のもの!かの、、、「芸術」に!!

そして2012年9月25日、この愛すべきブログを開設してからちょうど1年が経った頃です。私はこの甘美な夢に向かうために「システム屋」を辞めることにしました。「システム屋」から「音楽家」へ!その再起をかけた活動を始めようって決意したのです。

のっぴきならない現実

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photo credit: tokyoform via photo pincc

私は1つのシンプルな法則を知っています。それは「”やるべきこと”と”好きなこと”が完全に一致した時にこそ、人は最も高い幸福感を感じ、かつ最も高い生産性を発揮できる」という法則です。”やるべきこと”の為に”好きなこと”を抑制する行為は、誠実さに欠ける行為です。

しかし同時に、それを実現することがいかに難しいかという事実も私は知っています。

私の中にある「汝、なぜ不誠実にも”システム屋”なんぞになったのか!」という気持ちと「汝、今から”音楽家”なんぞ目指そうというのか!」という気持ちとの葛藤こそまさにそうでした。“好きなこと”のあまりに眩い光を見て見ぬ振りし、安易にも単に”得意なこと”を選択した結果でした。

どれほどこのジレンマに頭を悩ませてきたことでしょうか。いや、生まれてからずっと悩み続けてきた様な気もします。

視界は霧か霞かに覆われ、方向感覚はいつしかなくなり、足取りも徐々に重くなっていきました。少しずつ少しずつ小さくなっていく感覚。少しずつ少しずつ何者でも無くなっていく感覚です。私が「システム屋」になって数年が経過した時、その足は完全に止まります。無気力状態ってやつです。

人生を変えた挫折と再起

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photo credit: Alex Abian (Also on flickr.com/alexabian) via photo pincc

あの清々しい春に起こった人生最大の挫折。どうしようもない無気力状態。この挫折はついにアレを生みだします。そうです、エネルギーです。自分自身に対する圧倒的な”怒りのエネルギー”です。

私は怒りに任せてこの”のっぴきならない現実”と対峙し、数々の試行覚悟を経て、泥んこ泥の石っころの様になりながらも、どうにかこうにか”好きなこと”に没頭できるだけの状態を作りだすことに成功しました。

幸い今ではあの”のっぴきならない現実”を前にして恐怖で足がすくむ様なことはまったく無くなりました。むしろ楽しみながら、限られた時間の中でより大きな成果を上げるべく奮闘しています。私の計画が予定通り行けば、50歳になると同時に私の”夢”は一応の完成をむかえる予定です。

jMatsuzakiというブログ

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photo credit: Kuzeytac via photo pin cc

圧倒的な”怒りのエネルギー”によって、私が自分の人生の変革を望んだ時、その時からずっと口癖は「自分の人生に責任をとる」です。

そして「自分の人生に責任をとる」と決意したその時に始めた活動の1つが、あなたが今見ているこの愛すべきWebサイトなのです。2011年8月のことです。

私がこのサイトを通してあなたに伝えたいことは何でしょうか。

それは、私が「自分の人生に責任をとる」と決意してから今日までに収穫した、”夢”の実現に向けて”好きなこと”に没頭するための数々の知識と技です。これらを誰にでも有効な、再現性のある”メソッド”として発信していきます。

そして同時に、その”メソッド”を私自信が実践し、私がいかにして成長していくのかについても見て頂きたいのです。

このサイトには私の本名をとって「jMatsuzaki」という名前をつけることに決めました。それはこの「jMatsuzaki」というサイトが、私自身の尽きせざる情熱の投影に他ならないからです。

「So What?」

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「So What?」

そう言いましたか?実に良い質問です。「So What?」はこの世で最高の質問のうちの1つです。

それではお答えしましょう。

夢実現に効果的な数々のメソッドと、それを実践する私自身の活動を発信することで、私は貪欲にもあなたを突き動かそうとしています。私はこの「jMatsuzaki」を通し、今まさに成長せんと欲する私の考えを、是非皆さんと共有したいのです。

そして認識して欲しいのです。そして共感して欲しいのです。そして考えて欲しいのです。そして行動に移して欲しいのです!

「jMatsuzaki」

私は”彼”を通してあなたとともに成長しようと考えているのです。この刺激的な人生を通して、あなたを”楽しさの追及”に突き動かす最初の運動になろうとしているのです。

貴下の従順なる下僕 松崎より

▼さらに詳しく?
・1年間ブログを毎日更新して実現できたこと!
・我がブログの持つテーマは、自分への裏切り行為の中にあった
・私はいかにして過去の挫折から再起したか?
・「甘ったるいビジョン」について

jMatsuzakiが残した逞しい足跡

私が揺り籠の中から這い出て今に至るまでの、生い立ちを見て頂きましょう。

jMatsuzaki

時期 年齢 できごと
1986年03月11日 0歳 この記念すべき日に私は生まれた。
1989年頃 3歳 私の記憶が正しければ、この頃にはすでに他人の顔色に怯えながらビクついて生きていた。私は人に悪い印象を与えることに恐怖し、なるべく失敗しないように努力する性格になった。私にとって世界はひどく窮屈なものだった。いま思えばこの反動が、他人の顔色を意に介さない解放的な音楽へと導かれる初期衝動となったのであろう。同時に、夢へと向かう衝動を押さえつける強いブレーキにもなった。
1996年頃 10歳 テレビか映画のふとした切っ掛けで音楽に興味を持つ。
1998年頃 12歳 当時仲の良かった友人に、音楽活動を始めてみないか持ちかけられる。私は積極的な動きができずに、話はうやむやのまま無くなる。
1999年頃 13歳 少しでも音楽に触れてみたくて吹奏楽部に入ることを考えたものの断念。ただ部員に男子が居なかったという理由だけで。
2000年頃 14歳 何故そんな話になったのか、車の中で母親から将来なにになりたいか聞かれる。なんて答えたか忘れたが、音楽家になるとは言えなかった。
2000年 夏頃 中学三年になって部活が終わったあたりから、いよいよ本格的に”音楽なるもの”が私の人生を引き込もうと画策し始める。その後、”音楽なるもの”による必死の工作に抗うことが出来ず、エレキギターを買う。
2001年頃 15歳 友人に声をかけられてバンドを結成。リーダー任せにして、自分は責任を負わないようにして、形にならないまま消滅。
2001年 夏頃 高校に入学後、音楽なるものの得も知れない魔力に取りつかれ、作曲に目覚める。授業中に睡眠をとり、家に帰ってから理論の勉強やレコーディングに時間を費やす。
ギター教室に通いはじめる。数ヶ月後、はじめてのオリジナル曲を収録したMDに持参したものの、恥ずかしくてMDを渡せなかった。
2003年頃 17歳 高校卒業後の進路を決めるとき。音大に目指す選択肢だって十分にあったのに「今さら無理だ。もう遅い。」と挑戦もせずに諦めムードに。結局、父親より詳しかったからという浅はかな理由で、システム系の専門学校に入学。
2004年04月 18歳 情報システム系の専門学校へ入学。在学中に基本情報技術者試験とソフトウェア開発技術者試験(現在の応用情報技術者試験)を取得。
2005年 19歳 初めてPCを自作する。YAMAHAのUW500、MU2000、SOL2を使ってパソコンでの作曲環境を整える。
専門学校の卒業が迫って就職活動が始まった頃。とりあえずシステムエンジニアになって、その後のことはその後に考えようと自分をごまかす。この頃から自分が少しずつ少しずつ小さくなっていく気がした。
2006年04月 20歳 金融系の大手システム会社に入社。この頃、あなたへの我が愛を発露するために、初めて自分のホームページを開設する。自作曲を公開。
2008年 22歳 実に貪欲で野心的でユーモラスなバンドを結成。書き溜めた曲をもとに月1回ペースでライブを行う。
理想(音楽家の夢)と現実(システム屋)の間で苦しむようになる。私は「会社員の安定があるからこそ好きなことを続けられているんだ」という訳の分からない現実逃避によって自分を慰める。しかし、この苦しみはいつだってズキズキと歯痛のようにとまとわりついていた。
2009年 夏頃 23歳 サラリーマンをしながら夢を追う生活に嫌気がさし、「ガッデム!こんな会社辞めてやる!」と思い立つ。しかし、結局は辞めた後の具体的なプランもなく、踏みとどまる。そして失意の日々へ(オーマイガッ!)。 >> 【参考記事】
2010年頃 24歳 システムエンジニアになって5年が経過。組んでいたバンドは一向にファンが増えずに赤字続きで不満と焦りが芽生える。仕事は順調だったが刺激に欠ける毎日だった。「ここは自分の居場所ではない」「俺はまだまだこんなもんじゃない」という気が猛烈にしていた。
2010年06月16日 至福の時もいつかは終わるものだ!バンドを解散し、細く緩やかな生活の中に埋もれ始める(なんたることだ!)。
2011年06月 25歳 バンドを解散してから1年かけて完全なる無気力状態に。忘れもしないこの頃、人生で初めて夢を諦めるべきか真剣に悩む。夢を諦めた日々を想像してみて、音楽の夢を諦めることはできないと確信。そして、圧倒的な怒りのエネルギーが爆発し、再起を決意する。この頃「シゴタノ!」と出会い、GTDやタスクシュートを学びはじめる。 >> 【参考記事】
2011年07月 諦めきれない夢に向かう行程をすべて記録に残し、自らの成長の糧とするため、Webサイトの作成を始める。シゴタノ!ブログ入門セミナーに参加し、ブログの開設を決意。
2011年08月01日 「jMatsuzaki」を開設。ええ、今あなたが見ているこのサイトのことです。
2011年12月 志を同じくするブロガーと共にブログメディア「アシタノレシピ」の立ち上げ。現在「夢見るリアリストの熱情」を週次で連載。
予想以上にブログの読者が増え、ブロガーとして独立することを決意。「システム屋」から「音楽家」へと向かう大きな一歩となった。
2012年08月01日 26歳 この愛すべきブログを開設して1年目、「システム屋」から脱却して本格的に「音楽家」の道を歩むことを宣言! >> 【参考記事】
2012年09月25日 驚け!6年半のサラリーマン生活に終止符を打ち、フリーランスへと独立!「システム屋」から「音楽家」への次の一歩を踏み出す!!>> 【参考記事】
2013年2月 oh,,,うまくいかないときってのはあるもんです。実は脱サラしてから思ったように軌道に乗れず、泥水をすすりながら生きました。貯金が尽きたのを切っ掛けに実家へ戻り、半年ほどかけて仕事を立て直したんです。。 >> 【参考記事】
2013年4月8日 27歳 仕事の安定とともに活動の幅を広げ始める。音楽業界の革命を狙う株式会社ワールドスケープに共鳴し、活動を開始!どうせやるなら業界ごとひっくり返してやらぁ! >> 【参考記事】
2013年8月8日 これまで蓄積してきた諦めきれない夢へと向かうノウハウの集大成として初めての電子書籍を出版!人生をBurning!させる方法を確立!! >> 人生の舵は自分で切れ!あなたの10年後は今週の33.6時間で決まる
2014年2月 脱サラ後の生活が安定し、作曲に費やせる時間が増え始める。自らの音楽の方向性を見極めるべく、1日で1曲制作する「Baby」なる小品の制作を開始!
2014年8月24日 28歳 2月より着々と作り続けてきた1日1曲シリーズ「Baby」が100曲に到達! → Baby20140228-20140824
2014年10月3日 アーティスト主導の新しい音楽業界づくりを進めるべく、ワールドスケープのCTO(最高技術責任者)に就任!図らずしも追い風!
2015年1月25日 5年前にステージの上に置いてきた夢を再開させることにしました。そう、バンドの再結成です!バンド名はもちろん「jMatsuzaki」!このバンドは私自身の生き様の投影であり、私自身の情熱の噴火に他ならないからです!!! >> 【参考記事】
2015年1月26日 やったぞ!作品の制作に集中すべく、念願だった防音マンションへと移住!
2015年2月15日 我が過去・現在・未来とじっくり対峙し、バンドのミッションを策定!キーワードは「生きる衝動と情熱の噴火」です!うんざりするほど窮屈な人生を崩壊させ、躍動する生命を取り出すのだ! >> 【参考記事】
ネクストッ! XX歳 私がこれからどんな道を歩いていくのか気になりますか?ご安心下さい。それはここに来ればいつでも分かるのですから。
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私だ!私はここに居るぞ!!

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