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私の愛しいアップルパイへ
連載二回目、勇敢なる決断が焦燥へと変わっていく日々をお届けします。
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脱サラして半年で貯金が0円になったときの話
脱サラして半年で貯金が0円になったときの話(2)~実家に帰る苦渋の決断をした日~ ← Just Now!
脱サラして半年で貯金が0円になったときの話(3)~ガラとの出会い~ ←Next!!
脱サラして半年で貯金が0円になったときの話(4)~実家に戻って再起を図る~
脱サラして半年で貯金が0円になったときの話(終)~さらに半年後の今の生活~
忙しいのに一向に収入が増えない日々
勘違いしていただきたくないのは、会社を辞めて仕事がなくなったわけではないということです。むしろ、とても全ては捌けないくらいに、やるべきことは無数にありました。1つ仕事を終えても次から次へと新しい仕事が増えていく状況でした。
最初の頃は目の前の仕事をこなし、実績が積み重なっていけば自然と収入は増えるだろうと軽く考えていましたが、仕事量が増えても収入は一向に増えませんでした。ガッデム、、、
初めの2~3ヶ月はまだ余裕があったものの貯金は着実に減っていき、忙しいのに収入が増えないという悲劇的な状況に焦燥感が肥大化していきました。
最初に崩れたのは睡眠リズムでした。どんなに楽観的に計算してみても、あとほんの数ヶ月で今住んでいるマンションの家賃が払えなくなる状況を認識したとき、思考がグルグルと回ってなかなか寝付けなくなりました。
そのうち夜中に目が覚めることが増え、逆に朝はなかなか起きられなくなりました。誰に見張られているわけでもないのに、昼過ぎに起きたときの罪悪感は強烈でした。
それから、個人事業主なので家でひとりで作業することがほとんどだったのですが、次第に孤独に耐え切れなくなりました。家でひとりで居ると陰鬱な思考が加速してしまい、とても平常心ではいられなくなりました。少しずつ少しずつ、目の前の仕事に没頭できなくなっていきました。
せめて食事くらいは誰かと一緒にと何度も思いましたが、食費が増えるのが恐ろしくってなかなか実行に移せない状況でした。
脱サラしてから実家へ帰る苦渋の決断をした日
いつしか、貯金が尽きる時期はどくらいか、尽きたらどうなるのかという思考が頭の隅っこの方で歯痛のように常にズキズキとつきまとうようになりました。
毎日書き続けていた日記には穴が目立つようになり、とても日記に何かを残す気分にすらなりませんでした。愚かな生活に嫌気がさして、一時的にでも前の職場に戻りたいと願ったのは一度や二度ではありません。
おお、そっけなく投函された年金の納付依頼書が、なんと憎々しく感じたことか!思考の幅は狭まり、いよいよ「レ・ミゼラブル」が他人ごとに思えなくなってきました。初詣で引いたおみくじは「大吉」だったというのに!!
実家へ帰るという苦渋の決断を泣く泣くした日のことは今でもよく覚えています。それは平日の昼過ぎのことでした。
目の前には近くのスーパーにタイムセールで売られていた安物の天ぷらと白米の昼食。ひとりでとる昼食はこれっぽっちも美味しくなく、いつも以上に沈んだ気分でした。
白米を口に運んだら泥団子のような味がしました。白米が泥団子に感じたのは初めてです。食欲すらないなんて馬鹿げてると思って、やけになって泥団子を口に放り込んだら、とても飲み込めそうにありませんでした。それでも無理やり泥団子を飲み込んだら吐き出しそうになって、ひどく気分が悪くなりました。
食事をとるという当たり前のことにすら苦心した一連の出来事に、これ以上なく惨めな気分になったのを覚えています。そのとき、最後の選択肢に手をかけようと思いました。実家に帰ろうと決めたのです。
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貴下の従順なる下僕 松崎より