美術史がギリシャ美術から始まるのは現代の美の規範(=クラシック)だから

カテゴリ: 美学

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美術史についての文献を漁るとだいたい最初に一番多くのページが割かれるのがギリシャ美術です。ギリシャから始まる美術史は珍しくないですが、ギリシャを取り上げない美術史というのは、おそらく無いでしょう。それだけギリシャの美術は歴史上重要なのです。

▼木村泰司さんの「西洋美術史」はそういう理由からギリシャ美術を最初に持ってきています。

▼木村泰司さんの西洋美術史の講座も受けているのですが、第一回はやはりギリシャ美術でした。
木村泰司の西洋美術史

というのも、ギリシャ美術は視覚芸術においても聴覚芸術においても現代へと通ずる美の規範が確立された時期だからです。ようは芸術全体のクラシックなのです。

ということで、美の規範が確立されたギリシャ美術について少しお話ししましょう。

ギリシャ美術を形成したアルカイック時代とクラシック時代

紀元前600年〜480年頃に生まれた「アルカイック時代」と呼ばれる様式がクラシックの古典にあたります。アルカイックはフランス語で「古風」を意味します。英語ではアーケイックと言われます。

ちなみに、アルカイック・スマイルという当時を代表する表現がありますが、これはさほど深い意味はなく、当時は笑顔が生きている人間の象徴だったというだけだそうです。つまりアルカイック・スマイル=これは生きた人間である、というだけの意味です。

そして、紀元前480年〜323年に生まれたのがギリシャ美術が完成したといわれる「クラシック時代」です

当時は今でいう芸術というよりは、ホメロスの2大抒情詩「イリアス」と「オデュッセイア」を土台としたギリシャ神話で語られるゼウスやアテナなど、神々への捧げものとして彫刻や神殿が多数作られました。芸術家という職が確立するのは14世紀以降イタリアで興ったルネサンス時代のことです。

ちなみに、クラシック時代の後にギリシャを統治したローマがギリシャ美術に多大な影響を受けて、ギリシャ時代の彫刻を大量に模刻(コピー)したため、それらが現代になって発掘されて美の規範としてのギリシャ美術が解析できたのです。

多数の美の規範を確立したギリシャ美術

では、ギリシャ美術は美の規範としてどのような形式を現代に残しているのでしょうか。

まずは彫刻における先述したアルカイック・スマイル。そして、もっとも有名なものの1つはコントラポスト。これは支脚と遊脚の対比といって、重心のかかった片足と前進せんとするもう片方の足の対立です。

現代でも多くの彫刻は単に直立しているのではなく、支脚と遊脚が明確で肉体の繊細な動きと躍動感ある造形をしていますが、これらもギリシャ美術が確立したコントラポストに基づいています。

男性の彫刻といえば裸のものが一般的ですが、これも遡ればギリシャ美術の彫刻が始祖です。当時ギリシャには兵役があり、逞しい肉体が美しいとされていました。さらに神々は裸体と信じられていたため、神々への捧げものとして、神々と同じ裸体でありかつ美しい肉体を備えた男性の裸体像が多数作られました。

建築においても、トスカナ式、ドリス式、イオニア式、コリント式、コンポジット式など建築の基礎となる円柱型の支柱の形式もギリシャ美術において確立しました。日本でも西洋風の建築をする場合には支柱としてこれらの様式が普通に使われています。

音楽は、宗教的な儀式や宮廷生活だけでなく、葬儀や結婚式など幅広く用いられていました。現在では当たり前のように使われている1オクターブをドレミファソラシと12音で分割する方法は、この時代の哲人であるピタゴラスによって発見されたといわれています。

また、当時すでにテトラコードの原理を用いた「ギリシャ旋法」と呼ばれる音階が使われていて、ドリア、フリギア、リディア、ヒポリディアといった旋法が使われていました。(ちなみに、後にキリスト教社会の到来とともに確立され、いま主流の長調・短調の原型となった教会旋法と名前が一緒ですが、中身は違います。)

この時代にはすでにギリシア記譜法で書かれた楽譜も存在していて、数は少ないものの石板に書かれた楽譜が今も残っています。

また、この時代にはソクラテス、プラトン、アリストテレスといった哲学を代表する偉人たちが出てきますが、彼らによって「音楽とは何か?」「音楽をどのように使うか?」「音楽を使った教育とは?」といった現代の美学の土台となるような哲学的な議論が盛んにされています。

ギリシャ美術が分かると芸術が読めるようになる

主観的な好き嫌いから一旦離れて、芸術がどのように生まれてきたかの変遷を知ると、芸術を「読める」ようになります。

単に心地良いだけの、つまり1997年にスティーブン・ピンカーが「チーズケーキ」と揶揄したような、単に気持ちよくて心地いいだけの思考停止から一歩抜け出て、美術史や美学から芸術を嗜むようにすれば別次元で芸術を楽しめるようになります。

▼そういう意味で木村泰司さんの「西洋美術史」は大変ポイントが絞られていて、美術史を学んだことのない人が全体像を捉えられる良書ですので、ご興味あればぜひ手にとってみてください。

貴下の従順なる下僕 松崎より

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