夢とは「やりたいこと」と「価値観」との強い結びつきなり

Dream
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私の愛しいアップルパイへ

「夢」

素晴らしい言葉です。何度声に出しても飽きがきません。

「夢」

涙の出るような甘いメロディーのように心地よく響きます。

それは直感的に「ずっとやりたかったこと」「いつかやりたかった」「大好きで仕方ないこと」と感じていることです。

この定義でしっくり来なければ、こんな説明はどうでしょう。

「夢」とは何か?

「夢とは何か?」なんて野暮ったいことはあまり言いたくないのですが、もし私がそう聞かれたなら「やりたいこと」と「価値観」が強く結びついたものと言うようにしています。通常「やりたいこと」の中には「夢」もあるし、そうでないこともあるのです。

例えば「TVをみたい」は多くの場合、夢にはならないでしょう。なぜなら価値観との結びつきが弱いからです。それは一時的にアドレナリンを分泌するためだけのものだからです。

「旅行に行きたい」はどうでしょう。これは微妙な問題です。単なるストレス解消に過ぎなければ夢にはならないでしょう。

あなたが教師で、生徒を育てるために旅行に行きたいなら夢になり得そうです。「教育」に対する価値観と強く結びついてそうだからです。あなたが家族との絆を深めるために旅行を企画するなら、それも夢になり得るでしょう。「愛情」に対する価値観と強く結びついてそうだからです。

「ははん、ちゃんちゃら可笑しいぜ!小難しく考えなくとも自分の夢くらいよく分かってるさ!」と思われるかもしれません。

しかし、この「夢」の捉え方を一歩間違えると、自分でも気づかないうちに目的地と正反対の方向に走りかねません。ですから十分に注意すべきです。

私が初めて「夢」の勘違いを自覚したとき

私が夢の勘違いに気がついたのは、実はつい最近のことです。最初に「音楽家になりたい」という夢を発見してから、10年以上経ってからのことでした。お恥ずかしいことに、それまでずっと自分の夢を勘違いしていたことになります。

気がついたきっかけは、のっぴきならない現実に押しつぶされて、初めて真剣に夢を諦めるべきか苦悩した時でした。その頃、私にとっての音楽活動はひどく窮屈で面白みに欠ける労働に見えていました。

なぜなら私は「音楽家になりたい」という夢が、「表現の喜び」と「社会的な貢献」と「経済的な独立」という3つの価値観と結びついたものだと漠然と考えていたからです。

夢を捨て去る直前、少しだけ立ち止まってみることにしました。私にとって「音楽家になりたい」という夢が、どのような価値観と結びついたものなのか分解して考えてみたわけです。

そして、ついに本心を発見したのです。「音楽家になりたい」は唯一「表現の喜び」という価値観と強く結びついたものであり、その他2つは先入観に過ぎなかったということをです。

「夢とは何か?」に回答を用意しておく

「夢とは何か?」

この野暮ったい質問に対して回答を用意しておくのは価値ある試みです。

そうすれば、目的地と正反対の方向に走りだす過ちに事前に気づけるでしょう。そして、今自分が正しい道のりを歩いているという確固たる確信のもと、力強く前進し続けられるのです。

貴下の従順なる下僕 松崎より

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