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私の愛しいアップルパイへ
「量を重ねるべきか?質を高めるべきか?」これは誰もが抱える葛藤でしょう。
私の直近の目標のひとつに「脱・完璧主義」があります。以下の記事にも完璧主義者が持つ課題について書いたのですが、私は完璧にこだわるあまり失敗してきた自覚があります。
自分のこだわりの強いものほど完璧主義の気が強くあらわれるので苦労していました。特に作曲については、数ヶ月で1曲つくるのが精一杯という感じで、常に課題に感じていました。
私が長年連れ添ってきた完璧主義に足枷を感じてきたのは以下のような点です。
- 着手ハードルが上がって先送りすることが増える
- 細部にこだわって本当に重要なことに割ける時間が減る
- 1つのことに時間がかかるので経験の幅が減る
- 完璧に仕上げることを優先して期限が守れない
試行錯誤の結果、完璧主義はある種の勘違いだったということに気づきました。
中途半端な状態で完成させることに対する罪悪感
悩ましかったのは、完璧主義はユニークな資質といった面もあり一概に悪癖として切り捨てられなかったことです。1つのことを細部まで気を使いながら忍耐強く積み木を積み上げていける能力は間違いなく強みの1つでしょう。
だからこそ量を重ねることと質を高めることのバランスついて悩み続けてきました。折り合いをつけるべきベストは位置はどこにあるのか、私は長いあいだ完璧主義と戦ってきたんです。
大理石像の如く冷徹になれば、質より量を優先することで様々な恩恵を得られることは分かっています。着手ハードルが下がって様々なパターンで試行錯誤できます。全体像が確認しやすくなり、人の意見も取り込みやすくなります。経験できる量が増えて最短距離で成長できます。
頭では分かってはいるんですが、完璧主義者には量を優先することがなかなか実践できないのです。中途半端な状態で完成させることに対して、なんとも言えない気持ち悪さ、やるせなさ、自分に対する裏切り、責任の放棄による罪悪感などを感じるからです。こういった感情面での折り合いの付け方は、完璧主義者にとって大きな課題です。
しかも、重要な仕事であればあるほどその傾向は強まるのですから困ったものでした。
量を重ねるべきか、質を高めるべきか
そんな中、打開策を求めて始めたのが100日チャレンジというものでした。この挑戦では1日1曲で100曲つくるということを続けてきました。
このチャレンジでは様々な発見に出会えましたが、とりわけ大きな発見は完璧主義が勘違いだったと気づいたことでした。みごとに「脱・完璧主義」を達成させてくれたんです。
最初は中途半端な状態で楽曲を完成させることに、なんとなく後ろめたい気持ちはありました。中途半端な作品の制作にどれだけ価値があるのかとも思いました。「精神を研ぎ澄ませて、細部までこだわり抜いて、ようやく完成したものにこそ価値があるんじゃないのか?」という完璧主義の心が強く反発してきました。
70曲が過ぎてチャレンジも終盤になった頃、ようやく気づきました。それは、私は生まれつきの「完璧主義」だったのではなく、「最上志向」だったのです。
大きな変革でした。この認識を持つことで、量と質に関するベストな折り合いのつけかたを身につけられたからです。
完璧主義から最上志向へ
「最上志向」という言葉は人それぞれが持つ資質について分析した書籍「さあ、才能(じぶん)に目覚めよう」から拝借した言葉です。
本書では「最上志向」をこんな風に説明しています。
優秀であること、平均ではなく。これがあなたの基準です。平均以下の何かを平均より少し上に引き上げるには大変な努力を要しますが、あなたはそこにまったく意味を見出しません。同様に努力を要しますが、平均以上の何かを最高のものに高めることのほうが、はるかに胸躍ります。自分自身のものか他人のものかにかかわらず、強みはあなたを魅了します。真珠を追い求めるダイバーのように、あなたは強みを示す明らかな兆候を探し求めます。
P.124
私は量を積み重ねるなかで自分が「完璧主義」なのではなく「最上志向」なのだと自覚しました。この2つは似ているようで大きく違います。
- 「完璧主義」は細かいところや弱みも含めてすべてのパーツが100%完成された状態に喜びを感じることです。
- 「最上志向」は天性の強みを見出し、(弱みでなく)強みを伸ばすことに喜びを感じることです。
私は完璧であることではなく、強みがきちんと発揮された状態に快感を感じていたのでした。
そして「最上志向」の考えにのっとっていれば、量を追求することに自己矛盾や罪悪感が発生しなくなることに気づきました。むしろ、質を追求するためには量を追求することが必要不可欠であると受け入れられます。また、量と質の適度なバランスをとることについて、正しい判断ができるようになります。
「完璧主義」ではなく「最上志向」へ。この違いを認識することが、脱・完璧主義の重要な鍵を握っていたのです。
貴下の従順なる下僕 松崎より