好きなことをしながら生活することに否定的な人間が持っている大きな誤解

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私の愛しいアップルパイへ

私は、人は誰もが自分の大好きなことだけに没頭すべきだと確信しています。これだけが心の平安と幸福と、成功を同時に得られるときだからです。

そんなことを言うと、老いぼれは「好きなことで生きていくのはリスクが伴うし、結果的に好きなことすらできない状況になりかねんぞ!大それたことを言う前に現実的な一歩の大切さについて説くべきだ!たった3ペニーのために物乞いすることになるぞ!!」と言ってくるかもしれません。

こういった意見の裏には大きな誤解が横たわっていると感じています。

苦しいことの先に報酬があるわけでも、好きなことの先に代償があるわけでもない

好きなことで食っていくことに貪欲になることを否定する人は大きな勘違いをしています。

それは「苦しいことの先には報酬があり、好きなことの先には代償がある」と無意識のうちに勝手に決めつけていることです。

この先入観にとらわれて、不本意ながら続けるという選択の中でもがいている生活ほど惨めな状態はありません。苦しんで、苦しんで、苦しんで、そうすれば報われるだなんて、そんな生き方は三途の川のお伽話だけで十分です。

苦しいことと報酬、好きなことと代償。この2つを根拠もなく勝手に結びつけるような考えは今すぐ生ごみと一緒に捨て去らなければなりません。

実際には、苦しいことの先に報酬があるなんて確約はなく、好きなことの先に代償があるなんて確約もありません。そうであって欲しいと望む、夢破れた老人たちの戯言に過ぎないのです。私もあなたも、もっと柔軟で自由な選択肢を手にしています。

反論があるのも分かります。苦しいことの先に代償があるという確約も、好きなことの先に報酬があるという確約もないからです。

ただ、少なくとも自ら進んで苦しいことに向かう必要なんて、ましてや好きなことを手放す必要なんてないではありませんか!

貴下の従順なる下僕 松崎より

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システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログ「jMatsuzaki」を通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。