"いつか"に賭けるには、人はあまりに脆く、人生はあまりに短い

 
叔父が死んだ。4月28日の朝、眠るようにして息を引き取った。
 
彼がこの世を去る前は何日も雨が続いていた。きっと天国の扉が開いたからだと私は思った。

 

 

彼とは物心つく頃から同じ家で暮らしており、叔父というより家族同然の付き合いだった。
 
幼い頃、よくサングラスをかけていた彼のことを私は「メガネのおじちゃん」と呼んで慕っていた。
 
彼のサングラス姿はとても格好よくて、それに憧れて私もよくサングラスをかけたものだった。それだけでヒーローになれた気分だった。
 
 
 
成長するにつれて少しずつ会話が減っていった。彼に対してというより、私は家族みんなと距離を置くようになった。
 
友人と外で過ごす時間が増え、家にいる間も自分の部屋で過ごす時間が多くなっていった。
 
嫌悪感を抱いていたわけでもなく、理由もなしに無関心を装い始めた。2年前に1人暮らしを始める頃には、彼との会話はほとんど必要最低限のものになっていた。
 
それからは実家に帰る機会があっても、彼と心を込めて対話する機会は1度もなかった。コミュニケーションは実に機械的だった。
 
 
 
先週、彼が危篤との報を受け、急遽実家に帰った。実家のベッドに横たわった彼は、最後に会った時よりずっと痩せこけていた。意識はほとんどなくて、一呼吸一呼吸が苦しそうだった。
 
憧れの「メガネのおじちゃん」は、昔よりずっと小さくなっていた。
 
その姿を見た途端、訳も分からず泣いた。悲しみか哀れみか、とにかく言葉にできない感情の波が押し寄せてきて、大量の涙があふれ出た。
 
 
 
ひとしきり泣いた後、心を落ち着けるために浴室に向かった。体を洗って湯船に浸かったところで、また感情の波が押し寄せ、抑えきれないほどの涙があふれ出てきた。
 
その時初めて、涙の源泉にある感情に気づいた。それは、悲しみでも哀れみでもなく”後悔”だった。彼との関係に対する後悔だった。
 
距離を置いたまま終わってしまった彼との関係。無関心を装った私は、さぞ冷たい人間に映ったことだろう。さぞ嫌な人間に映ったことだろう。
 
浴室の中で1人、激しい後悔の念に身もだえし、頭を掻き毟った。
 
いつかは彼との関係を修復しなければならないと思ってた。さもなくば一生後悔することになるだろうと薄々感づいていた。しかし、小さなプライドが邪魔をした。
 
 
 
いつか二人で腹を割って話せると思ってた。いつか二人で酒でも飲めると思ってた。いつか二人で旅行にでも行けると思ってた。
 
当然のことながら、”いつか”が来ることはなかった。
 
結局私は、彼の好きな食べ物も、好きなスポーツも、後悔してる過去の出来事も、若かりし頃の恋愛話も、成し遂げたい夢のことも、ついに聞けなかった。
 
 
 
人は死ぬ。簡単に死ぬ。突然死ぬ。当たり前のことだ。誰もが知ってる。この世で数少ない確然たる事実だ。
 
いつかなんて絶対に来ない。そんなことは分かりきったことだった。それでも私は”いつか”に賭けてた。なんて愚かな人間だろうか。
 
 
 
“いつか”に賭けるには、人はあまりに脆く、人生はあまりに短い
 
 

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システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログ「jMatsuzaki」を通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。