サピエンス全史の書評(後編)→現代の幸福論が抱える3つの課題とは?

私の愛しいアップルパイへ

前回、「サピエンス全史」の素晴らしさについて存分に理解いただけたことでしょう。

サピエンス全史の書評(前編)→新しい幸福論を形作るすごい本に出会ってしまった!

本書の素晴らしい点の1つは歴史書ながら人類の幸福論に切り込んでいるところです。ジャン・リュック・ゴダールの映画のように挑戦的です。

今回はサピエンス全史の書評の後編として、今日はアポロンの弓のように鋭く我が胸を貫いた現代の幸福論の限界と、いま我々の目の前に立ちふさがるレンガの壁について3つの課題を整理しましょう。

▼「サピエンス全史」はこちら。

歴史から紐解く「科学革命」という詐欺と現代の幸福論の限界

本書のユニークな点は歴史書であるにもかかわらず人々の「幸福論」にまで言及されていることです。歴史本でトルストイさながら人の幸福について語った本はお目にかかったことがありません。

幸福については最後の2章で語られるのですが、歴史をマクロに俯瞰した結果として見出される幸福論については必読です。ですから途中で挫折せず必ず最後まで読むことをオススメします。

今回は私が現代の幸福論を語る上で欠かせないと感じた箇所を3つにまとめます。一言でいうと、15世紀以降に人類を一気に進歩せしめた科学革命が農業革命のような詐欺になりかねないというのです。現代は「ヒューマニズムの断末魔」のなかにあるのだと私は解釈しました。

1.豊富な物質と情報が個人の幸福感を下げる

現代ほど豊富な物質と情報に溢れた時代は他になかったでしょう。この大いなる進歩については誰もが認めることでしょう。

しかし、その豊富な物資と情報が私たちが思っているように幸福に繋がっているかというと疑問です。もっといえば不幸に繋がっているケースも容易に想像できます。

現代人は、鎮静剤や鎮痛剤を必要に応じて自由 に使えるものの、苦痛の軽減や快楽に対する期待があまりに膨らみ、不便さや不快感に対する堪え性がはなはだ弱まったために、おそらくいつの時代の祖先よりも強い苦痛を感じていると思われる。

ユヴァル・ノア・ハラリ 「サピエンス全史(下)」 Kindle 版 (Kindleの位置No. 3347-3349) 河出書房新社

言うまでもありませんが鎮静剤や鎮痛剤は比喩で、このような豊かさが生んだ期待と苦痛の矛盾は誰もが抱えていることでしょう。

特にマスメディアやインターネットは軽率にもこの期待と苦痛の矛盾を助長しているのかもしれません。

幸せかどうかが期待によって決まるのなら 、私たちの社会の二本柱 、すなわちマスメディアと広告産業は 、世界中の満足の蓄えを図らずも枯渇させつつあるのかもしれない 。

(中略)

あなたが現代のティ ーンエイジャ ーだとしたら 、自分に満足できない可能性がはるかに高い 。同じ学校の生徒は醜い連中だったとしても 、あなたの比較の対象は彼らではなく 、テレビやフェイスブックや巨大な屋外広告で四六時中目にする映画スタ ーや運動選手 、ス ーパ ーモデルだからだ 。

ユヴァル・ノア・ハラリ 「サピエンス全史(下)」 Kindle 版 (Kindleの位置No. 3368-3371) 河出書房新社

小さな集落で暮らす昔の村社会ならこのような苦悩はありませんでした。自分の比較対象である村人は50人程度〜100人程度しかおらず、しかもその大半は年寄りか子供だったのですから。

現代、個人の幸せにおいて自己肯定感と自己効力感が問題になりがちなのは、このような背景が大きく関係しているのでしょう。

2.科学が人間の神秘を解体した

科学革命は資本主義とほとんど同時に幕を開け、どちらも個人を尊重してきました。「ヒューマニズム」は現代を生きる私たちの“宗教“として堂々と存在しています。

一方でこの2つは徐々に当初私たちが追い求めていたヒューマニズムとは全く違った方向へ、もっと言えばまったく逆方向へ進んでいるようにも見えます。

だが過去200年間に、生命科学はこの信念を徹底的に切り崩した。人体内部の働きを研究する科学者たちは、そこに魂は発見できなかった。彼らはしだいに、人間の行動は自由意思ではなくホルモンや遺伝子、シナプスで決まると主張するようになっている

ユヴァル・ノア・ハラリ 「サピエンス全史(下)」 Kindle 版 (Kindleの位置No.552-554) 河出書房新社

神様の神秘を解体した私たちが今度は人間の神秘を解体しつつあるのです。これは個人としての人間に価値を認め、誰であれ個人の命や意思には無限の価値が眠っていることを認めるヒューマニズムと真っ向から矛盾し、その溝は徐々に広がりつつあります。

この亀裂が今後どのように展開していくのかは注目すべき点でしょう。この辺りについては次作の「ホモ・デウス」でも熱く語られていると思うので続きを楽しみにしています。

3.資本主義は個人の幸福に無関心である

本書では「貨幣」ほど人々を世界統一へと向かわせた概念はないと言います。貨幣は帝国や宗教よりもずっと広く人々を飲み込んだのです。

現代は資本主義という宗教を中心として世界は回っていますが、資本主義は決して個人の幸福に繋がるわけではありません。そもそも個人という概念すら資本主義の捏造だったと本書は説きます。

資本主義の台頭とともに人類の「個人」という感覚が強まりました。なぜなら以前のような村社会的な緊密なコミュニティから抜け出て人が個人として生きることは、資本主義を強烈に後押しする都合の良い原動力となったからです。資本主義を発展させるには利益の再投資と積極的な消費が欠かせません。「個人」という概念はそれを煽るためにもってこいだったのです。

一方で資本主義は本質的に個人に対して無関心です。本書では特に貨幣には2つの邪悪な面があると説きます。

第一に、貨幣は人間の幸福に必要不可欠な「人間的なもの」を葬りかねないことです。

あらゆるものが転換可能で、信頼が個性のない硬貨やタカラガイの貝殻に依存しているときには、各地の伝統や親密な関係、人間の価値が損なわれ、需要と供給の冷酷な法則がそれに取って代わるのだ。

人類のコミュニティや家族はつねに、名誉や忠誠、道徳性、愛といった「値のつけられないほど貴重な」ものへの信頼に基づいてきた。それらは市場の埒外にあり、お金のために売り買いされるべきではない。

ユヴァル・ノア・ハラリ 「サピエンス全史(下)」 Kindle版 (Kindleの位置No. 3381-3383) 河出書房新社

第二に、貨幣は人間の倫理感から大きく外れた仕事を生み出すことです。

貨幣には、さらに邪悪な面がある。貨幣は見ず知らずの人どうしの間に普遍的な信頼を築くが、その信頼は、人間やコミュニティや神聖な価値ではなく、貨幣自体や貨幣を支える非人間的な制度に注ぎ込まれたのだ。

私たちは赤の他人も、隣に住む人さえも信用しない。私たちが信頼するのは、彼らが持っている貨幣だ。彼らが貨幣を使い果たしたら、私たちの信頼もそれまでだ。貨幣がコミュニティや宗教、国家というダムを崩すにつれ、世界は一つの大きい、非常に無慈悲な市場になる危険がある 。

ユヴァル・ノア・ハラリ 「サピエンス全史(下)」 Kindle版 (Kindleの位置No. 3381-3383) 河出書房新社

かくして現代を象徴する貨幣と資本主義という宗教は、個人の幸福を奪い去ろうとしています。

生き方について決定的な影響を与えてくれる一冊

本書を読んで感動したのは、この歴史本が単に歴史に関する知的好奇心を満たすだけのものではなかったことです。ただ知識と知識の間の欠落を穴埋めして好奇心が満たされるだけの面白さでは断じてないのです。

そうではなく、歴史を通して個人の死生観に決定的な影響を与えうる一冊なのです。私自身、本書を通して私の音楽活動や執筆活動をはじめとする事業の方向性について深く考えさせられ、大きく軌道修正せざるを得ませんでした。

本書は科学革命と人間至上主義の宗教が史上最大の詐欺になりかねないという、最近人々が薄々と感じはじめているであろうことが切迫感をもって言語化されているのです。

しかし本書は決して悲観的なトーンではありません。ハラリ氏の説く歴史を学ぶことの意義にある通り、我々の前には無数の選択肢が広がっており、歴史から紐解いた選択肢に目を向ければ流れを変えることは可能なのです。

▼この辺りに関しては以下2回にわたるラジオ放送でも語っていますので、ご興味あればこちらもお聴きください。

それにしてもサピエンス全史は実に刺激的な一冊でした。もし未読でしたらぜひあなたも手にとってみてください。あなたのような賢明な方になら特にオススメです。

▼「サピエンス全史」はこちら。

貴下の従順なる下僕 松崎より

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システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログ「jMatsuzaki」を通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。