音楽の力と文章の力~jMatsuzaki 3rd Liveを迎えるにあたって~

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私の愛しいアップルパイへ

私は大きく2つの表現手段を使ってあなたに語りかけています。音楽と文章です。

3rd Liveを前にして荒ぶる天を見上げてふと思い出したのです。そういえば、この音楽の力と文章の力の2つを私はどのように役割分担してつかっているのかあなたに直接お話したことがなかったと。そういうわけで、キャデラックを走らせてきた次第でございます。

音楽は私にとって情熱と自由と希望の象徴だった

幼きjMatsuzaki少年にとって、世界はひどく窮屈なものでした。寝る時間やカスタネットの表裏からはじまり、世界は事細かなルールによって規定されていて、ルールから外れれば取り返しのつかないことになるのではないかとビクつきながら生きていました。

「恐ろしいことが起きたらどうしよう?」って恐怖心とともに、私はいつも自分を殺していたように思います。それが美徳だと習ったことで、努力して自分を殺していました。その一方で、一人になると抑圧された衝動がマグマのように渦巻き、暴れだしたいような叫び出したいような気分に陥ることもありました。

私にとって救いだったのは、この葛藤が臨界点を超えるまえに音楽に出会えたことです。私が愛するロックスターの奏でる音楽が体中を毛細血管のように駆け巡れば、不思議と情熱が湧いてきました。音楽は私にとって情熱と自由と希望の象徴だったのです。

私にとって音楽が救いとなったのは、音楽がどこまでいっても無根拠であったことです。細かい論理や理屈や根拠によって人を動かそうとするのではなく、情熱が解放するその快感こそが本質なのですから。

そしてなによりも重要なのは、人は理屈では動かないということです。そして理屈ではない音楽は、実に人間的で有効なアプローチであると私は確信しています。

音楽の力と文章の力

つまり、私にとって音楽は情熱を解放する第一運動でした。では文章はなにかというと、その情熱を維持するために必要なものです。音楽が火だとするなら、文章はガソリンといえるでしょう。

さきほどお話したとおり、理屈にとらわれない音楽はあなたの体中を駆け巡り、情熱を解放してあなたを突き動かす第一運動になるでしょう。そして、論理と根拠を必要とする文章は、その情熱の炎を維持するための方法を提示してくれるでしょう。

ミッションの定め方からはじまり、タスク管理やライフログ、日記の書き方などについて綴った文章は、情熱を維持するためにパワフルに機能するでしょう。

夢見るリアリストたる私にとって音楽と文章は有機的に結合されたものであり、この2つを使ってはじめて私のやりたいことのすべてが実現できます。

自分が偉大と認める仕事に没頭しよう

かつてひどく窮屈なはずの人生のなかに、情熱と自由と希望をもたらしてくれたのは私の愛したロックスターたちでした。

いつしか私も彼らのような偉大な仕事につきたいと思うようになったのは、偶然ではなく必然だったのだといまは思います。

▼7月16日(土)、そのような仕事を遂行できることを心底誇りに思います。

貴下の従順なる下僕 松崎より

著者画像

システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログ「jMatsuzaki」を通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。