諦めきれない夢へ向かうと決めた夢想家へ送る手紙

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私の愛しいアップルパイへ

人間の意識というものはいつだって取りとめもなく揺れ動いては、その本人をも困惑させるほど自由な発想で驚かせるものです。

2016年11月2日 19時51分。1Kのマンションのデスクの前に座った私は唐突に、諦めきれない夢へ向かうと決めた愛すべき夢想家へ手紙を送ろうと思い筆をとりました。そうして、こうやっていま手紙を書いています。

諦めきれない夢へ向かうと決めた夢想家…つまり、あなたへ。

まずもって言いたいのは、私は成功者でもなければ隠居者でもなければ、ましてや賢人でもなく、私自身もまた唯の道半ばの夢想家であるということです。今日は一人の愛すべき夢想家として、あなたへ手紙を送ろうと思います。

▼なお、動画でより詳しくお話しましたので、ぜひこちらからご覧ください。



諦めきれない夢に向かうのは勇気のいる選択である

あなたの気持ちはよくわかっているつもりです。諦めきれない夢に向かうのは大変勇気のいることでしょう。いくつになっても変わりませんし、慣れるものでもありません。夢はいつだって恐怖と隣り合わせです。

「取り返しのつかないことになったらどうしよう?」「馬鹿にされたらどうしよう?」「みんな影で私を笑ってるんじゃないか?」「私は安易すぎやしないだろうか?」「誰も私の夢なんかに興味ないのではないか?」「私なんかに夢を語る資格はあるのだろうか?」「もうおそいんじゃないか?」「まだはやいんじゃないか?」「どうせ失敗するんじゃないか?」「こんなことをやってて何になるんだろう?」「いい加減夢から覚めたほうがいいのではないか?」「とんでもない間違いを犯しているのではないか?」「夢に生きるなんてただの傲慢じゃないだろうか?」

私も表立っては言いませんが、あなたにだけ正直に告白するならばこのような不安を感じなかった日なんて1日たりともないのです。

そのたびに頭を振っては、そんな本質的ではない不安にとらわれるなんて馬鹿げていると自分に強く言い聞かせてきました。夢というものはいつだって、無駄だと思えるようなことを1つ1つ積み上げていくことでしか到達できない何かなのだと。

夢をみることは、それだけで才能の表れである

大きな夢であれ、些細な夢であれ、いいえ、あなたが夢みることであればそれは大きな夢に違いないでしょう。あなたのような賢い御方が自らの想像力を惜しみなく使ってみる夢ですから、そりゃあ途方もない夢に違いありません。

たとえ、はたから見れば些細にみえる夢であろうとも、あなた自身はよくわかっているはずです。あまたのみる夢がいかに偉大でいかに途方もなく、いかに意義深い夢であるか。

自らの夢を心に思い浮かべては、自らの才能と天秤にかけたことがいかほどあったことでしょう。そして、自らの無能さを呪ったことがいかほどあったことかは、想像に難くありません。

きっとあなたは自分の無能さを、才能の欠如を、不甲斐なさを嘆いてきたことでしょう。そして、はたして私は本当に私の夢に相応しい人間であるのか?と自問自答を繰り返してきたのでしょう。そして、夢を追いつづけることは正当なのか、不当なのか、答えの出ない悩みに心が引き裂かれる思いだったでしょう。

しかし、私は言いたいのです。あなたが夢をみたのなら、それは間違いなくその分野における才能を示すサインであるということです。夢というものはなんの脈絡もなく、春にひく風邪のように唐突に舞い降りてくるようなものでは決してありえません。

夢というものは、人間だけが唯一持っている偉大なる才能、「想像力」が発揮されたということなのです。夢をみるほどに想像力がいかんなく発揮できる分野であるなら、間違いなくあなたはその分野における才能を持ち合わせているということです。もしその分野で才能がないのなら、夢をみることすらできないでしょうから。

そして才能があるというのなら、わざわざ才能を無下にする必要はありません。

あなたの夢は誰かに希望を与えている

ある日、あなたの前を通り過ぎる人からすれ違いにこう言われるかもしれません。

「俺は付き合いきれんよ。せいぜい頑張っておくれ。」

あなたの前を通り過ぎる何人に一人かの嫉妬深いお節介焼きからはこう言われるかもしれません。

「まだそんなことを言っているのか?無駄なことはせずに、そろそろ現実を見たらどうだい?」

もしくは、あなたのことを気にかけている親しい友人や親族からは善意という名の仮面をつけてこう言われるかもしれません。

「私はただあなたのことが心配なの。あなたには安定した生活を送ってほしいのよ。」

このような言葉が、あなたの近代建築のように綺麗な曲線を描く耳を通ってデリケートな頭へ届くとき、決して忘れないで欲しいことがあります。それは、誰がなんと言おうと、あなたの夢と情熱は間違いなく誰かを幸せにしているということです。

心無き声をかけてくる人のなかにも、本人も自覚なしにあなたの夢と情熱にすがっている人は少なくないでしょう。そうでなくとも、あなたの見えないところで、あなたの夢と情熱が、あなたの夢と情熱こそが人に生きる希望を与えているはずなのです。

あなたがあなたの夢と、それを追う情熱と、他人に与える迷惑との間で葛藤するとき、決して忘れないで頂きたいのは、あなたのその夢こそが同時に誰かの生きる糧にもなっているってことです。

あなたの夢と情熱が前向きな影響を与えている人なんて思いつかないでしょうか。誰一人として?

そうですか。ならば僭越ですが私が申し上げましょう。あなたこそ、あなたとその夢と情熱こそ、私の希望なのです、と。

夢を追わない理由なんてないのだ

忘れないでください。あなたが苦悩と葛藤のなかでとぐろを巻こうとして千切れた蛇のようになっていようとも、不安と恐怖を前にしてずぶ濡れのプードルみたいになっていようとも、夢を諦めなければならない合理的な理由なんぞ1つとしてないということをです。

夢があるなら、諦めきれない夢があるなら、その夢を追わない理由なんてないのです。大切なことですからもう一度言いましょう。あなたに諦めきれない夢があるなら、その夢を追わない理由なんてないのです。

荒涼としたフガッジイにて

貴下の従順なる下僕 松崎より

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システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログ「jMatsuzaki」を通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。