影山知明さんの名著「ゆっくり、いそげ」で数字や成果にとらわれないビジネスの本質を学ぶ

私の愛しいアップルパイへ

私が事業を組み立てるにあたって大変大きな影響を大きく影響を与えてくれた本があります。それは影山知明さんの著書である「ゆっくり、いそげ 〜カフェからはじめる人を手段化しない経済〜」という一冊です。

今日はこの月明かりの無い農場に佇む羊のケツの穴の中よりも暗い現実に光を灯してくれる名著をご紹介します。

能率や成果第一ではなく、数字に表れない価値を大切にする「ゆっくり、いそげ」

本書のタイトルである「ゆっくりいそげ」はヨーロッパで古くから使われている格言「Festina lente」の和訳で、日本語で似た表現には「急がば回れ」があります。

影山知明さんは「ゆっくりいそげ」の例として、オリンピックの金メダリストである北島康介選手に対するコーチのアドバイスを挙げます。それは、焦って急いで水をかくのではなく、1動作1動作を丁寧にゆっくり水をかけといったアドバイスでした。結果的に北島選手は金メダルを取れたわけですから、まさに「ゆっくりいそげ」です。

本書ではそれをビジネスに応用します。焦って雑に数多くの水をかくのではなく、丁寧にじっくり確実に水をかく北島選手の泳ぎ方です。

つまり、大量生産・大量消費に最適化された単に能率や効率、コストパフォーマンスや成果を求める従来のビジネスのあり方に一石を投じているわけです。能率第一ではなく、想いや感情、意志や感性など数字にあらわすことのできない要素にもっと重きを置こうと。そして、中長期的にはその方が結果にもつながるのです。

そして、短期的で能率的な利益を求めるのではなく、長期的で効果的な利益を築こうってわけです。バイオリニストのスティーブン・ナハノヴィッチの名言にはこんなものもあります。

時間がたっぷりあると思えば、立派な大聖堂を立てられるが、四半期単位でものを考えれば、醜悪なショッピングモールができあがる。

by スティーブン・ナハノヴィッチ

ぜひ我々も醜悪なショッピングモールではなく、立派な大聖堂を目指したいものです。

数字にとらわれず“ゆっくり、いそぐ“ビジネスのコツ

ここからは「ゆっくり、いそげ」を読んで感銘を受けた考え方についてまとめていきます。

不特定多数より特定多数を大切にする

本書では「不特定多数」より「特定多数」に向けたビジネスの重要性が高まっていると言います。それぞれの違いは以下の通りです。

  • 不特定多数:顔の見えない無数の大衆
  • 特定多数:顔の見える50人〜数百人くらいの関係
  • 特定少数:50人以下の身内と呼べる関係

昨今ではマスメディアやインターネットの普及もあり、不特定多数に向けたビジネスが主戦場になっていました。これからは著者の影山さんが経営されているカフェのような、すべての人が顔見知りとまではいかないまでも顔の見える範囲内である「特定多数」でのビジネスの重要度が上がっていきます。

この顔の見える間柄である「特定多数」に向けてゆっくりじっくり丁寧に仕事する大切さを教えてくれるのが「ゆっくり、いそげ」です。

特定多数に向けた活動は「複雑な価値」にフォーカスが当たる

では、特定多数へと向けたビジネスにおいて大切なことはなんでしょうか。

不特定多数に向けた活動が「普遍的な価値」を求めるのに対し、特定多数に向けた活動は「複雑な価値」が求められます。

複雑な価値とは、端的に言えば「人間味」と言ってもいいかもしれません。人間らしさ、暖かさ、優しや、尊敬や尊重、信頼など、人を物として扱いがちなビジネスシーンにおいて、自分のことを人間だと思い出させてくれる活動はこれからガンガン突き抜けていくわけです。

先の時代ではお金や商品は客観的で絶対的な価値を持つものと考えられていました。ですから、より良い製品をより安く提供することが一番の価値になるという、ある面で極めて分かりやすい世界でした。マイホーム、マイカーを始め、客観的な価値をもつ物を所有することが人々のニーズだったのです。

しかし、時代は変わり、私たちはお金や商品を極めて個人的で相対的なものとして捉えるようになりつつあります。オタク文化に象徴されるようにあるものがある人にとってはゴミクズ同然でも、ある人にとっては命に変えられない価値になる世界です。もちろんこれは従来からある考え方ではありましたが、一般化しつつあるという点で大きな転換点を迎えています。

つまり、お金に換えようの無いものにより大きな価値を感じる時代になったとも考えられます。それはつまり信頼、友情、興味、好奇心、感情、意志、感覚、愛情といった言葉では説明し難い人間の内面に属するものです。これらは個人的で相対的であるゆえにお金に換えようがなく、だからこそ大きな価値をもつという価値観に人々はシフトしつつあります。

そしてこのような人間の内面に属するお金に代えようのないものは、先の大量生産・大量消費を目指した能率優先の時代に真っ先に切り落とされていったものでもあります。ですから、これらを取り戻すことが「ゆっくり、いそげ」なのです。

あらゆる業界で、法人・個人に関わらず、このようなお金に代えられない価値を商品に付与するゆっくり、いそぐビジネスが求められるのがこれからの時代です。

まず自分が与えること(ギブ)から始める

では“ゆっくり、いそぐ“ためにはどうすればいいのでしょうか。まずもって大切なのは見返りを求めずにまず自分から与えること、つまりギブすることです。

従来の損得勘定を無視し、仕事の量(時間と労力)に応じて報酬を貰うことを辞めてみることです。もちろんただ働きを推奨してるわけでも、ブラック企業的な割に合わない働き方を推奨している訳でも、自己犠牲を推奨している訳でもありません。

そうではなく、一見すると時間と労力に見合わないと思えるようなこと、そこまでやらなくても良いと思えるようなことでまず相手に貢献します。それは巡り巡ってビジネスの利益につながります。理に適っていないギブは人間的な、複雑な価値を生み出すからです。

顧客の「損得勘定」脳を刺激しない

「ゆっくり、いそげ」のなかでも感銘を受けた考え方を1つ紹介します。影山知明さんは自らが経営しているカフェで、決してポイントカードを作らないそうです。

現在のカフェではポイントカードはリピーター獲得の常套手段として考えられており、すでにデファクトスタンダード化しています。もちろんTカードに代表されるように、カフェ以外でもポイントカードの利用は常套手段になっています。

さて、ではなぜ影山さんは絶対にポイントカードを作らないのでしょうか?それは、影山さんはポイントカードが消費者の「損得勘定」脳を刺激してしまい、「ゆっくり、いそげ」的な世界観を遠ざけてしまうと考えているからです。

多くのポイントカードのシステムは、10回商品を買ってくれればコーヒー1杯無料というシステムをとっています。これはつまり、コーヒーを10杯飲めば1杯無料ということで、10杯の金額で11杯のコーヒーが飲めることになります。となると、コーヒー1杯の単価は実際の定価よりも低くなります。具体的には「コーヒーを11杯飲んだ時の定価 = コーヒーの定価 × 10 ÷ 11」ということになり、約10%OFFということになり、コーヒー1杯100円だとしたら、実際には91円ということになります。

ポイントカードを導入すると顧客は無意識のうちに上のような計算をするようになります。ここまで具体的な数字で計算はしないかもしれませんが、少なくとも「あー実際は10%OFFで飲めるのかー」くらいは考えるでしょう。で、このような計算を促すこと自体が旧世代の「損得勘定」脳を刺激してしまい、お金に代えられない価値に対して顧客を鈍感にしてしまうのです。

先ほども言った通り、お金に代えられない価値は極めて個人的で相対的なものです。もし、一貫性を欠いた仕組みを取り入れたら崩れ去ってしまう脆さがあります。そして、ゆっくり、いそごうとしている会社にとってポイントカードのような仕組みを軽率に取り入れてしまうのは命取りになりかねないのです。

取引を「不等号」のまま提供する

もう1つ「ゆっくり、いそげ」的な考え方で感銘を受けたことを紹介します。それは、取引を「不等号」にすることです。つまり、常に「商品価値 > 対価」の図式を維持することです。

商品の値付けをするとき積極的に安い値段をつけるのです。これはしばしば商売の悪手であると思われてきました。しかし「ゆっくり、いそげ」ではこれを推奨しています。お金に代えられない価値が重要視されるようなった現代では、商品と価格との差分にそれらが宿るようになったからです。

例えば、あなたが1万円出してでも欲しいと思っていたものが、7千円で買えたとしましょう。昔の世界観では顧客が「やった得した」と満足して終わってしまいます。しかし、ゆっくり、いそげの世界の取引では違います。「3千円得した分、自分が相手にやってあげられることはないかな?」と相手は考えてくれるのです。つまり、取引を通してお金に代えられない「感謝」「貢献」「信頼」と言った価値が宿ったわけです。

そして、ここがポイントなのですが、お金に代えられない価値は当然のことながら正確にその金額分のお返しをしようなんてことはできません。「3千円得させてもらったのだから、3千円分の感謝をしよう」というのは不可能です。感謝はお金に代えられないからです。

こういった循環が活発になると、長期的には安く売った方の人が長期的には得するといった直感に反する図式が生まれます。これは決して珍しいことではありません。すでに私たちの身の回りには多くの事例が存在しています。

もし取引が「商品価値 = 対価」という統合の図式で提供してしまったらどうなってしまうでしょうか。すると相手はお返しをしようとは思わないでしょう。そして、長期的にみればお返しをもらう機会を失い、損することになるのです。これが「ゆっくり、いそげ」的な世界観です。

これからのビジネスの指針となる一冊!

影山知明さんの「ゆっくり、いそげ」はこれからのビジネスで大切になる本質が凝縮された一冊です。私は会社を経営する上での指針として大いに参考にしています。

フリーランスや経営者はもちろんのこと、働くすべての人に手に取って欲しいと思える名著です。

貴下の従順なる下僕 松崎より

著者画像

システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログ「jMatsuzaki」を通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。