夢を諦めるな!恥じるな!夢ほど価値あるものは他にない!

私の愛しいアップルパイへ

私の一番好きな言葉は何かって?そりゃあ「夢」ですよ。子供じみてると思いますか?ハッハー!そう思ってもらって結構!こんなに胸がデレっと甘くなる言葉は他にありませんから!

しかし、それにしても夢って言葉には随分と翻弄されてきましたし、悩みの種でもありました。夢のために悩んで悩んで悩んで自暴自棄に陥ったことだってありました。

その度に私は夢というものについて真剣に考えねばなりませんでした。そしてその度に夢という概念についてアップデートしてきました。今なら天空に向かって吠える獅子の如く胸を張ってこう言うことができます。「夢を諦めるな!恥じるな!夢ほど価値あるものは他にない!」って。

え?もし夢を前にしてウジウジ悩んでいた頃の自分に会えたらどうするかって?。なぁに、私だったら今こう言ってやりますよ▼

夢こそ最高の価値を持つものだ!

最初に重要なことを言うぜ。いいか、夢ってぇのはな、この世で最高の価値を持つものなんだ。いいか、これがこの“おおよその世界“の中で唯一確固たるものなのさ。忘れるなよ。

だから貴様はいちいち自分の夢について裁判官みたいに良いだの悪いだの価値があるだのないだのウジウジ悩むのはやめることだ。そんなことは無駄どころか冒涜なんだよ。

貴様は夢想家だからな。夢に振り回されたり、夢のために思い悩んだり、夢に叩きのめされたりもするだろう。だがよ、それこそ本望ってやつだろう。なんたって夢はこの世で最高の価値を持つからだ。

夢を自覚する前、貴様はそんな夢に翻弄される人生を楽しみに待ってたはずだぜ。

いいか、最高の女とのデートと一緒なんだよ。最高の女とデートするのに寺で座禅を組みにいくか?教会に一緒に懺悔しに行くか?最高の女との最高のデートってのは振り回されるってことだ。あっちに行かされたり、あれを買わされたり、機嫌を取らされたり、翻弄されて楽しむもんだろ。

想像してみろ。夢っていう最高の価値を持つお宝を押し入れに押し込んで、じっと嵐が過ぎ去るのを待つように生きる生活をな。そんなもんは安定だの平和だのなんかじゃないぜ。ただの退屈だ。夢を放り投げたら退屈の奈落へ真っ逆さまだ。なんてったって夢は最高の価値を持ってるんだからな。忘れるなよ。

夢に根拠を求めるな!

貴様が夢について語るときこう思うかもしれない。「自分の夢はどこから来たんだろう?これは本当の夢だろうか?」ってな。もしかしたら人に言われるかもしれんな。「なぜそんな夢を持ったんです?それは本当の夢ですか?」ってな。

そいつぁこの世で最も馬鹿馬鹿しい質問の1つだ。「5年後にどうなっていたいですか?」って質問と同じくらい馬鹿馬鹿しい。そんなやつぁ野暮でがさつなノーテンキ野郎だ。しかし貴様はナイーブだからな。不安に思うかもしれん。自分が夢だと思っている夢は本当の夢なんだろうかって。

それで貴様は初めて夢に気づいたときの思い出だとか、そのような夢を見るに至った過程を幼い頃の経験に夢の根拠を求めるだろう。もしくは自分の性格や思考の癖から夢を見るに至った原因を解き明かそうとするかもしれない。

いいか、それほど馬鹿馬鹿しい悩みはないぜ。夢に根拠なんてないんだからな。考えるだけ無駄だし、なにより野暮ってもんだ。

夢の根拠だのなんだの探したところで、少し気休めになるだけだ。なんの意味もねぇ。多くの奴が根拠を探すことを正解を探すことと混同してやがる。馬鹿馬鹿しい。貴様には言っておくがな、根拠なんてもんは人間の脳みその限界に過ぎないのさ。

夢は人間の脳みその限界を超えてるから、もちろん根拠なんてありゃしない。頭をこねくり回して夢の根拠を見つけようとするのはな、夢を冒涜するに等しいんだ。最高の価値を持つ夢に、人間ごときの脳みそごときが考えた根拠なんてもんで手垢まみれにしようってんだからな。

いいか、夢が本当の夢かどうかなんていちいち悩むな。貴様が夢を抱いたんならそいつぁ本物だ。人に説明できる必要なんてありゃしねぇんだ。夢にいちいち根拠を求めようとするな。自分の夢に自信を持ちやがれ。

夢を恥ずかしがるな!

夢に対する最大の冒涜の1つはな、夢を恥ずかしがることだ。夢を恥ずかしがったらな、夢の方から去っていっちまうんだ。あいつぁデリケートだからな。

にも関わらず夢を持ったり語ったりするのは恥ずかしいって風潮がありやがる。無謀な夢を掲げる奴は馬鹿だとか阿呆だとか愚鈍だとかってな。果ては利己的なやつだと思われる。ロアルド・ダールの書く物語みたいに奇妙なもんだぜ。

なぜこんな状況か分かるか?それはな、夢という最高の価値を持つものを失った亡者どもが恨めしくてあんたも地獄に引きずり下ろそうとしてるからだ。羨ましいんだよ。夢なき亡者は夢ある若者のことがな。だから夢を持ったり語ったりする奴のことを浅ましく罵りやがるんだ。自分だけ地獄行きじゃあ寂しいからな。

いいか、夢があるなら母親の形見みてぇにしっかり握りしめてろ!夢があるなら人前で堂々と語れ!会うやつ会うやつをウンザリさせるくらいな!夢ってのは恥ずかしがるようなもんじゃねぇんだ。夢ってのは他人を勇気づけるもんなんだからな

夢の価値に上下をつけるな!

例外なく夢はこの世で最高の価値を持つものだ。この世で最高なんだからな、上も下もねぇ。でも貴様ってやつは夢を勝手にランク分けして勝手に他人と比較して自己否定したり、ないがしろにしたり、挫折したりもする。笑えるぜ。

貴様が夢を持ったなら、それがどんなちっぽけな夢であってもこの世で最高のものだ。例外はないんだ。他の誰かがどんな壮大に見える夢を掲げてたとしても関係ねぇ。他の誰かがひどく矮小に見える夢を掲げてたとしても一緒だ。貴様に夢があるなら、それは他の誰かの夢と等しく最高のものだ。

歴史の教科書に名を残すとか、誰も解けなかった暗号を解読するとか、良い大学に入るとか、家庭を持つとか、持病を治すとか、禁煙するとか、それがどんな内容であっても構わねぇ。夢ってのは最高の価値を持つものなんだからな。

だから、自分が掲げる夢の価値にいちいち悩むんじゃねぇ。皮肉なもんで、貴様が夢の価値に上下をつけようとすれば、その行為自体によって夢の純粋さが失われて、ひん曲がって、夢に不純物が混じって、結果的に夢の価値が減っちまうのさ。夢があるならそれを全力で信じろ。それに身を任せろ。

夢を他のものと天秤にかけるな!

貴様が夢を現実化しようと思ったら必ずジレンマに陥るはずだ。夢を追うべきか、現実に対応すべきかってな。そりゃそうだ。夢ってもんは想像力の産物だからな、現実を飛び越しちまうんだ。

夢はあるが本当にこれに没頭していいのだろうか?トラブルを解決しなければならない。人の期待に応えなければならない。他にやるべきことがある。いまは懈怠に溺れていたい。非情なるかな現実とは!ってな具合だろう。

いいか、何度も言うがな。夢はこの世で最高の価値を持つものなんだ。例外なくな。だから夢をそれ以外のものと天秤にかけるんじゃねぇ。夢を追うべきか否か?なんて疑問は成立しないんだよ。天秤の反対側が何であれ、そいつぁスリッパを買い換えるか、家族と絶縁するかで悩むくらい馬鹿げた比較だぜ。

夢はこの世で最高の価値を持つものなんだ。夢はこの世で最高の価値を持つものなんだ。未来を照らすたった一つのかがり火なんだ。

夢に罪悪感を抱くな!

夢を追うのに利己的だろうかとか、他人に迷惑をかけないだろうかとか、罪悪感を覚えてチキンリトルみたいにビクつのは馬鹿げてるぜ。夢ってのは大概は周囲の人を幸せにするもんだ。なんてったってこの世で最高の価値を持つんだからな。夢が人を不幸にするかもしれないなんて悩むのは、不遜ってもんだぜ。

それにな、貴様の夢と、その夢を追う貴様を取り巻く外野がどう思うか、どう感じるか、どう言うかは関係ねぇ。それは貴様の課題じゃねぇ。相手の課題だ。今日の天気を晴れにしたいとか、晴れにするにはどうすればいいかなんて悩むのは不毛だろ?それと一緒さ。

貴様ができるのは自分の課題と向き合うことだけだ。夢を現実化するにはどうするかを考えて実行するだけだ。それが貴様自身の人生に責任を取るってことだ。他にできることは何もないんだ。地球の周りをただ漂ってたトム少佐みたいにな。

燃え尽きることを恐れるな!

この世の最高のものである夢に没頭しろってぇと、急に弱気になる奴がいやがる。夢に身を捧げたら体が持たないんじゃありませんか?燃え尽きちゃうんじゃありませんか?ってな。はぁ、情けねぇこった。そいつは燃え尽きるのを恐れるあまり、錆びついてるんだ。

ニール・ヤングの兄貴はこう言ってたぜ。

錆びつくくらいなら、いま燃え尽きたほうがいい

ってな。錆びついた奴らは物事をおっぱじめる前から何かと文句をつけてきやがる。燃え尽きませんか?無駄じゃありませんか?災害が起きて台無しにはなりませんか?宇宙人は飛来してきませんか?空は落ちてきませんか?ってな。

なんであの手この手で心配すると思う?それはな「やらないこと」には強力な見返りがあるからだ。実行にさえ移さなければ心地いい可能性の中に逃げ込めるからな。「俺だって本気を出せば偉大なことができるんだ」って。だから寝転んでれば転ぶことはないと嘯く酔っ払いみたいに錆びついて生きてやがるんだ。

ほらな。錆びつくくらいなら、いま燃え尽きたほうがいいだろ?

夢で食えないからと自己嫌悪するな!

夢を抱きながらも、その夢で仕事ができないだとか、その夢で食っていけないからと訳の分からない価値基準で自己嫌悪する奴らがいっぱいいることに俺は心底うんざりしてるんだ。貴様はそんなメソメソと情けない生き方をするなよ。

夢で食っていけないからってなんだってんだ?食えるとか食えないとか、そんなことはこの世で最高の価値を持つ夢の前ではほんのちっぽけなもんだ。それが実現できようが、できまいが、夢の価値には一切関係がない。

もちろん夢で食う方法はいくらでもある。それこそ無限にある。なぜなら夢はこの世で最高の価値を持ってるからだ。あとは貴様がそれを望むかどうかだけだ。

ただな、夢と夢で食うことを天秤にかけるんじゃねぇぞ。そりゃあ金貨で銀貨を買おうとするようなもんだ。夢はこの世で最高のものなんだからな。夢で食えないことはなんの欠点でも欠陥でもねぇ。一番の不幸は夢を天秤にかけることから起こる。一番の不幸ってのはな、たかが食うために、金のために、夢のほうを歪曲しちまった奴らだ。貴様はそんな不幸はごめんだろ?

才能の有無で悩むな!

せっかくこの世で最高の価値を持つものである夢を見出したってのに、自分に才能があるかどうかなんていちいち悩んだりするんじゃねぇぞ。勝手に才能が無いって決めつけて夢を放り投げたりするのは最悪だ。

いいか。夢を持つってのは誰にでもできるもんじゃねぇ。夢ってのは一人一人違うもんだ。貴様の夢がなんであれ、それはこの世で唯一無二のものだ。貴様が夢を放り投げたら、その夢は金輪際この世に一切生まれることはない。ほら、周りを見渡してみろ。ほら、今までのことを思い出してみろ。いままで一人でも同じ夢を持ってたやつが居たか?

俺の言いたいことが分かってきたか?いいか、夢を持ったならな、それこそが貴様に才能があるって証拠に他ならない。夢を持てたということは才能の表れなんだ。だから自分の夢に対して才能があるかないかなんて悩むのは愚かな行為だぜ。

成功できないことを恐れるな!

腹は決まったか?

それじゃあ最後に1つ。俺が一番嫌いな悩みはな「夢が叶わなかったらどうしよう?夢が実現できなかったらどうしよう?成功できなかったらどうしよう」ってやつだ。まったく馬鹿馬鹿しい。

多くの奴らは夢を「いつか死ぬまでにやりたいこと」だと思ってやがる。そりゃあ現実逃避ってやつだ。本当は「いまから死ぬまでずっとやっていたいこと」なんだ。だからな、特定の何かを得るとか、特定の地位につくとか、人気者になるとか、そんなものは大して重要じゃないんだよ。

報われない努力が怖いか?そんなことよりな、この世の最高のものである夢を放り投げたり、価値を損なう方がずっと恐ろしいことだぜ。それじゃあまんまシーシュポスの神話だぜ。

成功ばかりに目が行くのはな、夢を怖がってるか、他人の顔色にビクついてるかだ。夢はこの世で最高の価値を持つんだから特定の何かを得て終わりってことにはならねぇ。成功しなかったからって悔いることも嘆くこともねぇ。夢は終わらねぇからだ。

だからな、成功よりも機会を愛せってことだ。

貴下の従順なる下僕 松崎より

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システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログ「jMatsuzaki」を通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。