コーエン兄弟の代表作「ファーゴ」は実話なのか?についての考察

私の愛しいアップルパイへ

ジョエル・コーエンとイーサン・コーエン、つまりコーエン兄弟は私が最も愛する映画監督のうちの2人です。コーエン兄弟の名を世に知らしめた代表作に「ファーゴ」があります。最近テレビシリーズもはじまったので、あなたも目にしたことがあるかもしれません。

※2017年6月12日現在、映画版もテレビ版もAmazonプライム・ビデオで観られますので、Amazon プライム会員の方はこの機会にどうぞ。

猟奇的な事件を題材に絶妙なブラックユーモアを描き出した「ファーゴ」はコーエン兄弟の類いまれなるセンスが開花した名作です。私の大好きな作品の1つでもあります。

特にこの映画を印象深いものとしているのが冒頭で流れる以下のテロップでしょう。

この物語は実話である。この映画で描かれた出来事は1987年にミネソタ州で起こった。生存者の要望により氏名は変えられている。亡くなった方へ敬意を表すため、それ以外は全て起こった通りに語られている

(原文)This is a true story. The events depicted in this film took place in Minnesota in 1987. At the request of the survivors, the names have been changed. Out of respect for the dead, the rest has been told exactly as it occurred.

ところで、この映画の最初にデカデカと投影される注意書きにあるように、実際ファーゴのような事件はあったのでしょうか?この点についての解説と考察をご披露したいと思います。

ファーゴの元となった特定の事件は存在しない

まず言及しておきたいのは、ファーゴの元となるような特定の事件は存在しないということです。映画のエンドロールにも小さく「本作はフィクションである」と明確に注意書されています。厳密にファーゴのストーリーと一致するような事件は発生していません。

冒頭のテロップであれだけのことを書いておいて実際にはそんな事件はないだなんて、疑心暗鬼になる気持ちもわかります。

では、冒頭でデカデカと流れる「実際に起こった事件である」と断言するテロップの意図とはなんなのでしょうか?

単なる話題作りのための方便だったのか?

しばしばファーゴについて語られるのは、冒頭のテロップは単なる話題作りのための煽りであるという指摘です。

ファーゴのような猟奇的な事件が実際にあった事件だとすれば、視聴者はギョッとするでしょう。そして、恋人や家族につい話したくなるに違いありません。

「ねぇねぇ聞いてよ。映画で観たんだけど、アメリカでこんな猟奇的な事件が実際に起こったらしいよ。怖いよね。」と。

これこそコーエン兄弟の狙いだったのでしょうか。フィクションを実際にあった事件と偽ってまで口コミを発生させ、自身の映画の売り上げを少しでも伸ばしたいという願いだったのでしょうか。

だとしたら、どうしても売りたいという貪欲さは買いますが、映画監督としてのモラルには問題がある気がします。

ファーゴの冒頭の注意書きに込められた2つの意味

(バートン・フィンクのような名作はあるものの)「赤ちゃん泥棒」以来まともなヒット作が出なかったコーエン兄弟が苦肉の策として法螺を吹いたという見方ももちろんできますが、(たとえこの嘘によって少なからず話題性が高まったとしても)コーエン兄弟には他に真意があったのだと思います。

それは大きく2つあります。

ファーゴは”裏切り”をテーマとしたコメディ映画である

ファーゴを観ていただけたならわかる通り、あれはコメディ映画です。それも徹底的に”裏切り”にフォーカスしたコメディ映画です。くだらない裏切りが二転三転して予想もしなかった大きな問題に発展してくところに可笑しさがあります。そう考えると冒頭の嘘テロップもテーマと一貫した演出であると納得できます。

つまり、冒頭で「実話である」と嘘をつくことによって、様々な裏切りのストーリーを体験させた後で、最後には観客をも裏切るという構図です。こうして最後に観客は、自分が滑稽な”裏切り”のストーリーの傍観者ではなく、知らず知らずのうちに自分自身もそのくだらない”裏切り”行為の一部に犠牲者として入り込んでいたのだと知らされます。結局みんなコーエン兄弟の掌の上で踊らされていたわけです。

人間、傍観者として”裏切り”を眺めているうちはつい笑ってしまうものですが、いざ自分が”裏切り”の当事者になると無性に怒りが湧いてくるものです。”裏切り”は観ている分には楽しいが、誰もが当事者になるのは御免だと思っています。コーエン兄弟はこの皮肉の効いた構図を眺めたかったのでしょう。

レビューなどを見るとファーゴが実話だと思い込んで「騙された!」と憤慨している人もいます。実際、私も「ファーゴってフィクションらしいよ!」と鼻息荒く訴えてきた人に会ったこともあります。

これらを踏まえて「ファーゴ」というものを観てみると、不思議とさらに笑なる笑いがこみ上げてはきませんでしょうか。このような作品と観客の構図も含めて秀逸なユーモアになっているわけです。そう考えると、ブラックユーモアを愛するコーエン兄弟らしい納得の演出ではないでしょうか。

日々当たり前のように起こっている人間の利己的な欲望の暴走を描いている

もう1つ、冒頭のテロップに隠されたメッセージの1つは、「ファーゴ」のような非人道的でとても現実には起こり得ないような猟奇的な事件が、実際には日常的に起こっていること(そしてそれを誰もが認めていること)を炙り出すことでしょう。

例えば「ET」や「STAR WARS」の冒頭にファーゴのように「THIS IS TRUE STORY(これは実話である)」とデカデカと表示されたところで、誰もまともに取り合わないでしょう。それどころか興ざめしかねません。

しかし、ファーゴの冒頭に「THIS IS TRUE STORY」と注意書きされているからこそ話題に上るのです。実際にこのようなばかばかしくも猟奇的な事件が起きかねないと、みんなが認識しているからです。

ファーゴで描かれているのは人間の利己的な欲望の暴走です。時には法や秩序を完全に無視してでも、自分の利己的な欲望を満たしたいとする人間が事件を起こします。その醜さと可笑しさにフォーカスしたのがファーゴという映画です。

そしてこれは、人種も時代も関係なく世界中あらゆる所で起こってきたことでもあります。ヨーロッパでも、アフリカでも、アメリカでも、日本でも、もちろんミソネタでも、数え切れないくらい起こってきたことでしょう。もっといえば、いまこの瞬間にも、そしてこれからも変わらずに起き続けるでしょう。

冒頭の「THIS IS TRUE STORY」は、この映画で描かれているような人間の利己的な欲望の暴走は今まで日常的に当たり前に起こってきたことで、またこれからも当たり前のように起こることであり、この映画を観て笑っているあなた自身と決して無関係ではないという、皮肉好きなコーエン兄弟らしい宣言なのではないでしょうか。

そして「THIS IS TRUE STORY」が嘘なのか本当なのかで混乱した視聴者たちを見れば、コーエン兄弟のこの狙いはみごと成功したといえるでしょう。

リブートもされた「ファーゴ」の世界を楽しもう!

少しは「ファーゴ」の世界に関する理解が深まったでしょうか。新しいファーゴの楽しみ方が見つけられたなら幸いです。

現在はファーゴの世界がリブートされ、ファーゴのテレビシリーズが始まりました。ファーゴの世界観を踏襲しつつもかなり面白い内容になって入るので、映画「ファーゴ」が気に入ったならテレビシリーズも観られることをオススメします。

映画版とテレビシリーズは全く別のストーリーになっているので、もちろんテレビシリーズから入っても十分に楽しめます(というより、テレビシリーズの方が面白いかもしれません)。ファーゴのテレビシリーズも私は大好きです。テレビシリーズは好調でシーズン3の制作も決まったそうです。オススメです。

※2017年6月12日現在、映画版もテレビ版もAmazonプライム・ビデオで観られますので、Amazon プライム会員の方はこの機会にどうぞ。

貴下の従順なる下僕 松崎より

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システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログ「jMatsuzaki」を通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。