そうか俺は心のどこかでは日本で認められたがってたんだなぁ

私の愛しいアップルパイへ

ドイツのベルリンに海外移住することについてお話ししたのは以下の通りです。

2018年11月にドイツ・ベルリンに海外移住します!

私は本気です。私はやると言ったらやる男だってことはあなたも十分にご存知でしょうから、第一報を聞いたあなたは驚きのあまりヒカップが止まらなくなったのではないでしょうか。

あなたが私に質問したいことは数多くあると思います。その最たるものは「かように大きな決断を、いつ、どのタイミングでしたのか?」といったことでしょう。

思い返せば”その時”はいつだったのか。一つ言えるのは、私の中である感情を自覚した時でした。

自らの本心を知るための自問自答の日々

ほんの二ヶ月前、私は孤独と虚無の絶望の淵で、身投げする一歩手前のスリルに身を焦がしていました。それは以下でお話しした通りです。

好きなことを仕事にすべくフリーランスになったらうつ病になりかけた話

嵐が過ぎ去ったあと、私は否応もなく私自身と対話せねばなりませんでした。「汝、なにを欲す?」と。

私は日々の生活のなかで数々の質問を私にぶつけました。その中で心のフックにずぶりと引っかかった質問の1つは「どこに住みたいのか?」でした。それは最初、他愛のない質問のように思えました。私は迷うでもなく「日本に」と答えました。

思えば私は昔から不思議なほど日本から出る発想を持っていませんでした。就職も自然と東京に決めましたし、そうあることにホッときました。それは、働き口が多いからとか、引っ越しが面倒だからとか、語学を学ぶのが面倒だからとか、住む場所が与える影響を軽視していたからとか、表面的にはその程度の理由でした。

しかし、私ももうティーンエイジキッズって歳ではありません。自分が平気で自分に嘘をつくことについてはよく理解しています。

私は様々な切り口で何度も自分に問いかけました。「どこに住みたいのか?」「なぜ日本に住みたいのか?」「なぜ日本から出たくないのか?」「なぜ西洋の文化に興味があるのに、その欲求を満たそうとしないのか?」「日本に住むことでどんな見返りを得ているのか?」「何らかの理由で選択肢を狭めているとしたら、その思い込みは何だろうか?」

私は尋問官のようになって矢継ぎ早に私に質問を浴びせました。耐えかねた私はついに本音をこぼしました。

「かつて、私の才能を、私の精神を、私の意志を、軽視した者どもを見返してやりたいのだ」と。

その瞬間、私はギョッとするがあまり咄嗟に頭の中の小部屋に鍵をかけてしまったくらいです。

そうか俺は心のどこかでは日本で認められたがってたんだなぁ

それは明らかに劣等性のコンプレックスからくる発言でした。しかも無意識のレベルの。

確かに、かつて幼い頃の私は特別頭が良いわけでも、特別運動ができるわけでもありませんでした 。習い事は続かず、特技といった特技もありませんでした。人気者ってタイプでもなければ、いじめられるタイプでもなく、ど平均の自分にウンザリしていました。

なかでも最も歯痒かったのはそのような能力の差ではなく、世界と皮膚一枚を隔てて私の内側に宿る無限の意志に対して誰もが無頓着だったことです。なるほど確かにこの経験は明らかに私を芸術へと掻き立てる第一衝動でした。しかし、このときの衝動がかようにも幼稚な形で私の臓腑に残っていたとは!なんと不用意!なんたる迂闊!

あなたは私のことを冷たい人間だなんて思わないでしょうけど、私はよく誤解されるんです。無愛想で、冷血漢で、人からどう見られてるかについて無頓着な人間だって。

たしかに、人に認められるとか、人から褒められるとか、そういったことにさほど興味の湧かない人間なのは確かです。単に欲求がないだけでなく、それが不自由への片道切符であると知っているからだけでもなく、自分が誰にも侵されることのない自分だけの独自の世界を作って満足するときに力を発揮するタイプだと知っているからです。

ですから、かの忌まわしき承認欲求に振り回されるタイプではありません。承認欲求に振り回されているときは大抵このように本質を失った感情によって暴走しているときなのです。

私はかつて幼い頃、人間の内面に眠る無限の意志に無関心で無頓着な周囲に対する怒りを抑えられずに生きていたのでした。そして、あの頃に同じ境遇にいた日本人たちの鼻をあかしたい、鈍感で不感症の日本で認められたいなんて微笑ましい復讐心を抱いたのでしょう。それが、ただそれだけが、多くの選択肢を潰してでも私が日本に住み続ける唯一の理由だったのです。

日本に住む選択が、出来の悪い幼稚な承認欲求から生まれていると自覚したその瞬間に、それらに対してすっかり興味を無くし、感情による束縛から解放されたのでした。それから、ドイツのベルリンへと移住すべく体が自然と動き出すのにさほど時間はかかりませんでした。

貴下の従順なる下僕 松崎より

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システム系の専門学校を卒業後、システム屋として6年半の会社員生活を経て独立。ブログ「jMatsuzaki」を通して、小学生のころからの夢であった音楽家へ至るまでの全プロセスを公開することで、のっぴきならない現実を乗り越えて、諦めきれない夢に向かう生き方を伝えている。

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